2022/12/20  相続時精算課税制度とは何だろう

相続時精算課税制度とは、平成15年にできた制度で、この制度を使っての累計2500万円までの贈与なら非課税で贈与できるという制度である。いわば相続財産の前渡し制度であるため、贈与時には課税されないが、相続発生時には、相続時精算課税制度を通じて生前贈与していた財産は、相続財産に合算して相続税を計算する、という仕組みである。

通常の暦年贈与(一般の贈与)の場合、その非課税枠は受贈者(財産を受け取る人)一人あたり年間110万円までとなっているが、その点、相続時精算課税制度を使って贈与すれば、累計で2500万円まで贈与税を非課税とすることができる。ただし、この制度には制約があり「60歳以上」の親や祖父母から「18歳以上」の子や孫への贈与に限り、この制度が受けられることになっている。2500万円を超えた場合は、20%の税率で以後の贈与に対して課税されることになる。

また、贈与を受けるには、最初の贈与があった年の翌年の確定申告時期に、贈与を受けた子や孫は、「届出書」を添付した贈与税の申告書を税務署に提出する必要がある。

それでは、実際に贈与するにあたり、暦年贈与と相続時精算課税制度では、どちらが有利なのだろうか。それは、相続税の発生が見込まれるか否か、で判断されるだろう。相続税の心配がない人にとっては、年間110万という少額の非課税枠での暦年贈与より相続時精算課税制度により贈与したほうが良い、ということななる。一方、相続税の課税が見込まれる資産家にとっては、相続財産の前渡し制度にすぎない相続時精算課税制度は、使い勝手の悪いものとなるだろう。ただし、令和5年の税制改正大綱によれば、令和6年1月より、相続時精算課税制度の適用を受けた場合であっても年間110万円までの贈与は非課税となっているので、若干使いやすい制度になったと思われる。




2022/12/12  ビジネス関連書を読む 第10回「生き方」稲盛和夫著

稲盛和夫氏は、昭和7年、鹿児島市に生まれる。その後、昭和30年、鹿児島県立大学(現鹿児島大学)工学部を卒業し、京都のがいしメーカー松風工業に就職するが、昭和34年、松風工業社員8人を引き連れ、京都セラミック(現京セラ)を京都で開業する。その後、昭和41年には、世界的メーカーであるIBMから受注をうけることに成功。その後、京セラは、飛躍的な成長を遂げる。昭和59年、京セラは資金を投入し、DDI(現KDDI)を設立している。また、自己の財産を投じ、多くの社会貢献も行っている。

今年(令和4年)8月24日、惜しまれつつ、京都の自宅で老衰のため死去。享年90歳。著書も多く、「生き方」は、日本国内で120万部、世界では、300万部以上が発行されている。

この「生き方」は彼の人生哲学を語ったもので、啓発される文言が散りばめられている。例えば、人生、仕事の結果は、考え方×熱意×能力という法則で表されるという。この法則のポイントは、掛け算にあるという。頭脳明晰で90点の能力を持つ人がいたとしても、この人が、努力を怠り30点の熱意しか発揮しなかったとすればその積は2700点にとどまる、しかし、頭の回転は、人並みで60点だったとしても90点を超えるような熱意をもって仕事にとりくめば、その積は5400点になり、前者の倍の仕事を成し遂げられる。さらに、この法則には、考え方という要素も加わり、この考え方がマイナスであれば、、すべてはマイナスとなってしまう。

一生懸命働くこと、感謝の心を忘れないこと、善き思い、正しい行いに努めること、素直な反省心で自分を律することなど、これが、人間としての「生き方」であろう、と彼は説く。社会人として、一読に値する本だろう。




2022/11/10   改正電子帳簿保存法について

電子帳簿保存法とは、正式には「電子計算機を使用して作成する国税関係帳簿書類の保存方法等の特例に関する法律」といい、ひとつは、帳簿書類規定、もう一つは、電子取引の取引情報の規定を定めています。

電子帳簿保存法と聞くと、電子帳簿のことだけを規定している印象をうけますが、実は、令和3年の法改正で、「電子取引」に関し、電子データで受け渡した領収書等は、紙ではなく、電子の状態で保存することが義務付けられました。(令和4年1月1日実施のところ、令和5年末までの延期が容認されています。)

例えば、Amazonや楽天市場などインターネットで購入すれば、それは電子取引になります。したがって、この法律は、すべての事業者に影響を与えるといっていいでしょう。

改正前までは、電子取引の情報については、紙に印刷して保存する対応をしているのが一般的でした。しかし、改正後においては、電子取引の取引情報については、出力した書面等による保存では不可となるのです。

また、電子取引データについて、要件を満たさず保存している場合や、電子取引データを紙に印刷している場合には、保存すべきデータの保存がなかったものとみなされ、青色申告の承認の取り消しの対象となり得るのです。

そして、その保存には、真実性が要求され、法人は原則7年の保存期間、また、取引年月日、金額の検索ができることが求められています。

また、税務調査の際に、保存した取引データの提示を求められた場合、電子取引データを保存していない場合は、保存義務違反だけではなく、損金経理の根拠が認められなくなる可能性もあるのです。

いずれにしても、猶予期間の終わる令和5年末までに、すべての事業者はその対応を求められることになります。

2022/11/7  岩波文庫を読む 第9回 「阿部一族」森鷗外著

森鷗外は、1862年(文久2年)島根県鹿足郡津和野町に生まれる(1922年、大正11年没。今年は、没後100年である)。

代々津和野藩の典医を務める森家の嫡男とし生まれ、幼い頃より「論語」「孟子」といった漢学書とオランダ語などを学んでいる。また当時の記録から9歳で15歳相当の学力があるといわれた秀才でもあった。

東京大学医学部卒業。大学卒業後、陸軍軍医になり、陸軍省派遣留学生としてドイツでも軍医として4年間過ごしている。

帰国後、小説「舞姫」翻訳「即興詩人」を発表し創作活動に入っている。その後、「阿部一族」「高瀬舟」などの歴史小説や史伝「澁江抽斎」などを執筆した。

陸軍を退いた後は、宮内省に転じ、帝屋博物館(現在の東京国立博物館等)総長や図書頭を死去まで務めたほか、日本芸術院初代総長などを歴任している。

「阿部一族」は、江戸時代初期に肥後藩の重職であった阿部弥一右衛門が、主君の死に際して、殉死を願うが聞きいられず、それをきっかけに、一族が全滅する、という史実を下書きにした作品で、大正2年「中央公論」誌上に発表された。

また、この作品は、明治天皇崩御の際に、乃木希典陸軍大将が殉死しているが、その世相を反映した作品ともいえるだろう。

なお、森鴎外は、明治32年6月に軍医監に昇進し、第12師団軍医部長として、数年間、小倉に赴任している。



2022/10/15 ビジネス関連書を読む第9回「原因と結果」の法則 J・アレン著

ジェームス・アレンは1864年、イギリスの生まれ。様々な仕事に就きながら独学で学び、38歳で執筆活動に専念する。作家としてのキャリアは他界した9年間と短いが執筆された19冊の著書は世界中で愛読されている。特に1902年に書かれたこの本、原題「AS A MAN THINKETH」は、現代の成功哲学の祖として知られるナポレオン・ヒルなどに強い影響を与えている。この本は、なお、自己啓発のバイブルとして読み継がれている。

この本に書かれてあるいくつかの言葉を紹介しよう。

「私達は、心の中で考えた通りの人間になります。私達をとりまく環境は、真の私達自身を映し出す鏡にほかなりません。」

「敵意に満ちた意地悪な思いは、常に他人を非難する生き方として、不安と恐怖にみちた環境として姿をあらわします。いっぽう、気高い思いは、自制の利いた穏やかな生き方として、つづいて平和にあふれた静かな環境として姿を現します。」

「人間を目標に向かわせるパワーは、「自分はそれを達成できる」という信念から生まれます。疑いや恐れは、その信念にとって最大の敵です。」

「人間は、もし成功をめざすならば、自分の欲望のかなりの部分を犠牲にしなくてはならないのです。」





2022/10/14  インボイス制度について  

インボイス(適格請求書)とは、登録番号や取引内容、取引金額、消費税などの、決められた法定事項が記載された請求書や納品書、レシート、領収書等のことをいいます。

また、インボイス制度(適格請求書等保存方式)とは、令和5年10月1日から導入される仕入れ税額控除の方式のことです。

このインボイス制度の導入により、売り手側と買い手側は次のような新たな義務が発生することになります。

①売り手側の義務…買い手側から求められた場合は、インボイスを交付し、その写しを保存する必要があります。

なお、一部の事業者(例えば、コインランドリー、コインロッカー、自動販売機による飲食料品の販売等で、税込み金額が3万円以下の場合)は交付義務が免除されています。

②買い手側の義務…売り手側が発行したインボイスを保存しないと、原則、仕入税額控除(消費税は、商品、製品の販売やサービスの提供などの取引(販売)にたいして課税されます。この受け取った消費税から、仕入れ、経費のかかった消費税を差し引いて消費税を納める仕組みを仕入税額控除といいます)ができなくなります。

また、インボイスを発行できるのは、適格請求書発行事業者の登録を受けた課税事業者に限られ、免税事業者や登録をうけていない課税事業者はインボイスを発行することはできません。




2022/9/7  岩波文庫を読む 第8回「マクベス」シェイクスピア作 木下順二訳   

シェイクスピア(1564年~1616年没)は、時代的にいえば、日本では、江戸時代の作家ということになる。しかし、どの作品も瑞々しく、現代でも十分に読める内容の作品群である。

シェイクスピアは27歳前後で処女作と言われる「ヘンリー六世」三部作を書いている。四大悲劇の第一作である「ハムレット」を書いたのが1600年、36歳の時である。そして、40歳で「オセロー」、41歳で「リア王」、42歳で、この「マクベス」を書いている。従って、36歳から42歳の間に立て続けに四大悲劇が書かれたことになる。

「マクベス」は、11世紀、スコットランドのマクベスという武将が魔女にそそのかされて野心を起こし、自分の主人であるダンカン王を殺してしまう。しかし結局は、自分も殺されてしまう、という内容の話である。

シェイクスピアの作品は、普遍的な人間の苦悩や悲しみなどが表現されており、いずれも、古典的名作として、現代も読み継がれている。

「マクベス」の一節を紹介しよう。

「明日、また明日と小刻みに一日、一日が過ぎ去っていき、定められた時の最後の一行にたど  

りつく。

 昨日という日々はいつも馬鹿者どもに、塵泥の死への道を照らしてきただけだ。

 消えろ、消えろ、束の間のともし火、人生はただ影法師の歩みだ。

 あふれ返る雄叫びと狂乱、だが、何の意味もありやしない。」

劇作家、木下順二の詳しい解説が、この本を読む上での参考になるだろう。


2022/9/3   令和2年度の相続税の税務調査事例等から考える 

国税庁は、「令和2事務年度における相続税の調査等の状況」及び「令和2年分相続税の申告事績の概要」を公表している。

新型コロナの影響で相続税の実施調査件数は5,106件(前年度10,635件)と大幅に減少したが、文書等による簡易な接触の件数は13,634件(前年度8,632件)と増加している。

令和2年分の相続税の申告書提出に係る被相続人数は、120,372人となっており、課税価格は、16兆3,937憶円で、基礎控除額引き下げのあった平成27年分以降では、最高値となっている。また課税割合は、8.8%(前年8.3%)となっている。

ここで、調査事例をいくつか見ておこう。

調査事例①(大阪局)金地金の購入が想定された被相続人及び調査対象者について、相続財産に金地金の計上がないため調査となった。当初、金地金の存在を知らないとしていたが、金地金業者への反面調査で調査対象者が金地金を購入した事実が把握された。自宅床下の金庫の中には大量の金地金がj保管されていた。追徴税額、約4憶9,000万円(重加算税有り)

調査事例②(関信局)公益法人を主催する被相続人が相続開始前に公益法人名義で多額の投資信託を行っている事実が判明。その購入原資は、理事会の承認を得ずに被相続人が私的に管理、運用されたものであったことも判明。調査対象者は、この投資信託が相続財産であることを認識しいたが、相続財産から除外していた。追徴税額、約12憶9,000万円(重加算税有り)

いずれにしても、脱税行為は大きな代償を伴うことを肝に銘じるべきだろう。


2022/8/20 ビジネス関連書を読む 第8回 「サラ金の歴史」 小島庸平著 中公新書

アコム、プロミス、レイク、武富士、アイフル。

個人への少額の融資を行ってきたサラ金は、テレビCM、屋外看板などで広く知られている。しかし、現在、アイフルを除く大手は、軒並み銀行の支配下に置かれている。主要企業が加盟していた日本消費者金融協会も2014年に解散。長く業界最大手だった武富士は、紆余曲折の末、2017年に会社更生法の手続きを終えて倒産し、過払い金の返還を停止している。

かつて、サラ金各社は、毎年のように法人所得ランキングの上位に食い込み、創業者一族が高額納税者番付に名を連ねていた。その一方で利用者は、しばしば深刻な多重債務に陥り、過酷な取り立てによって破産や、自殺に追い込まれていったのだ。

サラ金の歴史は戦前にまでさかのぼる。戦前の素人高利貸から質屋、団地金融などを経て、その後の高度成長にも支えられ大きく躍進した。しかし一方で、バブル崩壊後、多重債務者や過酷な取り立てなどが表面化し、大きな社会問題ともなっていった。

サラ金業者の主体的で革新的な経営努力が、なぜ多くの人々を破滅に追いやったのか。その具体的なプロセスをサラ金業者とサラ金利用者の双方の事情を踏まえ、1960年代から2020年までの約100年間を通して詳細に説明したのが本書である。

なお、本書は、2022年度の新書大賞を受賞している。


2022/8/11 少子化問題を考える

2022年7月31日の「チャートは語る」という日経の記事を通して少子化問題について考えてみよう。

この記事によれば、米国、フランス、北欧などの先進国の8割で2O21年の出生率が前年に比べて上昇している。ただ国の間の差も鮮明に表れている。男女が平等に子育てをする環境を整えてきた北欧などで回復してきている一方、遅れを取る日本や韓国では、その流れを変えられていない。長い時間をかけてジェンダー格差をなくしてきた北欧では家庭内で家事、育児にあてる時間の男女差が少なく、女性に負担が偏りにくいことが指摘されている。

、例えば、スウェーデンでは、子供が8歳になるまで、両親が合計480日の有給育児休暇を取得できるし。妊娠手当、子供手当、就学手当などの支援は手厚く、大学までの授業料や出産費も無料となっている。また、育児給付金は、育休前の収入の原則8割弱が保証されている。その結果、女性の就業率は高く、現政権の閣僚の半数が女性である。また、家族支援のための社会保障支出は、GDP比で3.4%となっており、日本の1.7%をはるかにしのいでいる。

先進国の中でもジェンダー格差が大きい日本と韓国の出生率は、いづれも0.03ポイント下がっている。韓国は、出生率0.81と深刻な状況となっており、日本は、出生率1.30と人口が加速度的に減少する瀬戸際にあるということになる。

今後の対策として、さらなる保育の充実といった支援策に加え、男女の賃金格差是正、様々な手当の充実など、あらゆる対策の充実が必要だろう。



2022/7/15  岩波文庫を読む 第7回「きけ わだつみのこえ」 日本戦没学生記念会編

きけ わだつみのこえ」は第二次世界大戦末期に戦没した日本の学徒兵の遺書を集めた遺稿集である。

その内容は、若い戦没者に人間としての光をあてただけでなく特に学徒兵の多くは、己の学業が心ならず頓挫し、自分が異常な状況に置かれていることを深く見つめた内容を記述しており、本来であれば平和に生きていたはずの若者が、逃れようのない死と向かい合ったとき、どのように思い、感じたかをこの遺書を通して伝えている。

この遺稿集には、75名の学徒兵の遺稿が集められているが、いずれも、多くは、普通の条件のもとで書かれたものではなく、戦争下というだけでなく、軍隊の徹底した私生活支配が、手紙や日記にまで及んで、すべて厳重な検閲の元に置かれており、自由な表現は、原則できなかったと考えるべきである、したがって、ひそかに書いて外出の際にポストに投函したり、面会に来た友人に手渡したりして現存した手記ということである。

「…素直に言うならば、政府よ、日本の現在行っている戦は勝算あってやっているのだろうか…」

「…私の理想は空しく敗れ去りました。この上はただ、日本の自由、独立のため、喜んで命を捧げます。…ではさようなら…さらば永遠に…」

「…自分のつたなき生命が、偉大なる日本と共に、新しい大東亜とともに生きていくのだと信ずるなら喜んで死んでゆける…」

「わたつみ(わだつみ)」とは海神を意味する古語である。



2022/7/8    「親ガチャ」を考える

2021年、「親ガチャ]とういう言葉が、流行語大賞にノミネートされました。「親ガチャ」とは、子供が、どんな親のもとに生まれるかは運任せであり、家庭環境によって人生が左右されることをスマホゲームの「ガチャ」になぞられてできた言葉だそうです。

実際、学力に影響を及ぼす最大の要因は、学習時間でも指導方法でもなく親の所得や学歴などの水準であることが、データの分析からわかってきています。

この水準を示す指標にSES(家庭の社会経済的背景)と呼ばれるものがあるのですが、全国学力テストでは、SESの低い家庭の子供ほど学力の低い傾向が見られることがわかっています。

学歴によって地位が決まることは、本来悪いことではないはずです。学歴は、努力によって獲得できるものだからです。

しかし、現在は、出身家庭による不平等が大きく、それが問題となっているのです。

たとえば、東京大学合格者は、私立中高一貫校の卒業生が多数を占め、学生の54%は年収950万円以上の家庭の子供たち、というデータがあります。

現在の格差は、本人の努力からくる学歴差ではなく、親の資本力に由来する、といえるのかもしれません。

国際的にも低いとは言えない日本の相対的貧困者の割合を低下させるためには、相対的な富裕層から税を集め、低所得者支援に回す必要があるでしょうし、また、金銭的な理由で、高校、大学への入学が困難になっている層にたいしては、給付金型奨学金や授業料免除制度の拡充が求められています。


2022/6/18  ビジネス関連書を読む 第7回「実力も運のうち 能力主義は正義か」M・サンデル著

マイケル・サンデル(1953年生まれ)は、アメリカ合衆国の政治哲学者、ハーバード大学教授である。これまでも「これからの正義の話をしようー今を生き延びるための哲学」など多数の著作が、日本においても刊行されている。

サンデルの思想の特徴は、民主的なコミュニティを通じた「共通善」の追及を掲げ、功利主義、や市場主義を厳しく追及するところにある。

サンデルは、この著書において、メルトクラシー(IQと努力によって獲得される価値、功績)が、なぜ、いかにして支配的になり、それがいかなる弊害を持つにいたっているかを、豊富な事例やデータを示しつつ論じている。

サンデルは、その弊害をこのように指摘する。「第一に不平等が蔓延し、社会的流動性が停滞する状況の下で、グローバリゼーションに取り残された人々の自信を失わせる。第二に大卒の学位は、立派な仕事やまともな暮らしへの主要ルートだと強調することは、学歴偏重のの偏見を生み出す。第三に社会的、政治的問題を最もうまく解決するのは、高度な教育を受けた価値中立的な専門家だと主張することが、民主主義を腐敗させ、一般市民の力を奪うことになるのである。」と。

そして、サンデルはこう結論づける。「我々は、どれほど頑張ったにしても、自分だけの力で身を立て、生きているのではないこと、才能を認めてくれる社会に生まれたのは幸運のおかげで、自分の手柄ではないことを認めなくてはならない。そのような謙虚さが、我々を分断する冷酷な成功の論理から引き返すきっかけとなり、能力の専制を超えて、怨嗟の少ない、より寛容な公共生活へ向かわせてくれるのだ」



2022/6/6    遺言書のススメ

司法統計によれば、2020年に起こった相続争いの調停、審判は1万4617件。このうち遺産分割を巡る争いでは、遺産額1,000万円以下が34%、1,000万円を超えて5,000万円以下のものが42.9%となっています。つまり、遺産相続での争いの8割近くが5,000万円以下の遺産であることがわかります。ここから言えることは、相続上のもめごとは、決して莫大な遺産を有している家庭の話ではないということです。

そこでお勧めしたいのが遺言書の作成です。遺言書を作成するメリットは、法的効力に加え、被相続人の想いを親族に伝えられること、また、親族間の紛争を未然に予防できる可能性があることです。主な遺言書には、公正証書遺言、自筆証書遺言、秘密証書遺言の3種類がありますが、その特徴を整理してみましょう。

まず公正証書遺言ですが、この方法は、証人2名以上の立ち合いの下に、遺言者が遺言の趣旨を公証人に伝え、公証人が遺言者の口述内容を筆記する方法です。次に自筆証書遺言ですが、この方法は、最も手軽にできる遺言で、遺言者自身が自筆し、押印を押すだけで作成することができます。(この場合、内容や日付、署名は遺言者の自筆である必要があります)秘密証書遺言は、遺言の内容は遺言者自ら作成しますが、作成したした遺言書は封筒に入れ封印し、一度公証役場で公証人と2名の証人のもと、その遺言書の存在を確認してもらう必要があります。

それぞれ、メリット、デメリットがありますが、一般的に最も信頼できるのは公正証書遺言です。公正証書遺言の場合、原本は公証役場に保管されますから、紛失、偽造のリスクを回避できるからです。

一方で、遺言の内容を誰にも知られたくない場合は、自筆証書遺言がよいかもしれません。秘密証書遺言は、デメリットが多いため、ほとんど利用されていません。

ただし、遺言者が認知症を発症した場合、遺言書の作成はできなくなります。そのためにも早めの対応が必要でしょう。


2022/5/13    注目の最高裁判決を読む

4月19日、最高裁判所から注目すべき判断が示された。

その訴訟とは、高額マンションの相続を巡り、財産評価基本通達6項「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。の適用の是非が争われた訴訟である。

今回の最高裁の判断は、納税者が行った評価通達の定め(路線価)に基づき評価した通達評価額約3憶3000万円の評価での申告を課税庁が否認し、基本通達6項を適用して行った鑑定評価額に基づき評価した価額約12憶7300万円での更正処分等を適法と判断した東京高裁の判断を支持し、納税者の上告を棄却したものである。

今回の判決で、評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが、(かえって)実質的な租税負担の公平に反するという事情がある場合には、「合理的な理由」があると認められ、当該財産の価額を評価通達以外の方法で評価をすることも平等の原則に違反しないとしている。

このケースの場合、被相続人が亡くなる数年前の90歳と91歳だった時に巨額の借り入れを行いマンションを購入していること、また借り入れに際し、銀行が作成した貸出稟議書に「相続対策のため不動産購入を計画」という記載があったことなどが指摘されている。

いずれにしても、社会通念上、行き過ぎた節税対策は認められないということである。



2022/5/12   岩波文庫を読む 第6回「カルメン」 メリメ著

プロスペル・メリメ(1803年~1870年)は、フランスの作家、歴史家、考古学者、である。

この「カルメン」という作品は、オペラとして何度も上演され、現代まで人気を博している。

スペインを旅行中のフランスの考古学者「私」は、ふとしたきっかけで山賊ホセを知る。ホセは、形見の銀メダルを母親に渡してくれと学者に頼んだのち、懺悔話を始めた。それは、この青年が情熱の女カルメンに翻弄され、彼女の情夫を殺し、ついには、カルメンその人までも殺してしまった悲しい物語である。

心に影を持ち、激しく恋に燃えるが、心変わりしやすく、男にとって危険な女というカルメンのイメージは、オペラ「カルメン」でさらに強調して描かれている。

カルメンという名前は、スペインでは、ありふれた名前らしく、こうして世界中に知られるようになったことにより「カルメン」的性格がスペイン女性の特徴のように思われているが、この設定のカルメンは、ジプシー(ボヘミア人)であり、スペインにとっては異邦人である。

またこの「カルメン」は、フランスオペラの代表作として、魅力的な音楽に溢れており、作曲家ビゼーは、この一作でヴェルディやワーグナーに匹敵する地位を確保している。

誰もが聞いたことのある前奏曲や、カルメンの歌う「ハバネラ」など有名な曲がずらりと並んいて、日本でも知名度の高いオペラである。



2022/4/23   ビジネス関連書を読む 第6回 「地政学入門」 佐藤優著 角川新書

佐藤優は、1960年(昭和35年)東京都生まれ。作家であり、評論家、同志社大学神学部客員教授である。

佐藤は、同志社大学大学院神学部研究科修了後、外務省入省、在ロシア連邦日本国大使館勤務を経て、本省国際情報局分析第一課主任として、対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害罪容疑で逮捕されている。2009年、最高裁で上告棄却、有罪が確定し、外務省を失職。2005年に発表した、「国家の罠」では、毎日出版文化賞特別賞を受賞している。

また、彼は、プロテスタントのキリスト教徒(カルヴァン派)でもある。主な著書に、「獄中記」「自壊する帝国」など多数がある。

ロシアによるウクライナへの軍事進攻により、地政学というジャンルが注目されているが、この軍事進攻には、ロシアの地政学的要因が絡んでいることが示されている。

つまり、地政学とは、地理的要因が政治にとって決定的な制約要因になるという考え方である。現在のロシアは、アフガニスタン侵攻の反省を踏まえ、地政学を外交の基本に据えている、と佐藤は書く。ヨーロッパとアジアに跨るロシアはユーラシア国家であり、そこには、独自の論理と発展法則があるという考えである。

そして、プーチンが考えているのは、ソ連の復活であり、ウクライナ、ベラルーシなどの国々がロシアの強い影響化にある状態であることを望んでいる。ロシア国境を「線」ではなく、「面」で捉えており、ウクライナがロシアの緩衝地帯でなければならないと考えているわけです。

まことに、勝手な論理だが、今後、世界はこの国と向かい合っていかなければなりません。


2022/4/16 成人年齢引き下げに伴う贈与税等の影響について

この4月1日より成人年齢が20歳から18歳に引き下げられました。

民法の定める成人年齢は、単独で契約を締結することができる年齢という意味と親権に服することがなくなる年齢という意味を持っていますが、この成人年齢は明治29年(1896年)に民法が制定されて以来、20歳と定められていました。今回の成人年齢見直しは、明治9年の太政官布告以来、約140年ぶりであり、18歳、19歳の若者が自らの判断によって人生を選択することができる環境を整備するとともに、積極的な社会参加を促し、社会を活力あるものにする意義があるものと考えられています。

諸外国で言えば、米国の成人年齢はおおむね18歳ですし、イギリス、ドイツ、フランスでも18歳を成人年齢としています。

この成人年齢引き下げにより、税法関連で何が変わったのか整理してみましょう。

まず、相続税の未成年者控除があります。未成年者控除とは、財産の取得時に相続人が未成年であれば税額が控除されるのですが、これまでは満20歳になるまでの年数1年につき10万円が差し引かれましたが、成人年齢引き下げにより、計算上控除できる金額が少なくなります。また贈与税関連では、父母や祖父母などの直系尊属から20歳以上の子や孫が贈与を受けたときは有利な特例税率が適用されるのですが、これは従来より2年早く生前贈与をすることで相続対策上有利になります。

そのほか、成人年齢引き下げにより、相続時精算課税制度の早期の活用や子や孫に対する結婚、育児に対する資金の一括贈与の非課税制度の利用など、税制を活用した資産移転がしやすくなったといえるでしょう。


2022/3/21    生前贈与について 

令和4年税制改正大綱において、贈与税の見直しは、盛り込まれなかった。しかし、大綱では、「今後、諸外国の制度も参考にしつつ、相続税と贈与税を一体的に捉えて課税する観点から相続時精算課税制度と暦年課税制度のあり方を見直すなど、格差の固定的防止等の観点も踏まえながら、資産移転時期の選択に中立的な税制の構築に向けて、本格的な検討を進める。」と記していることから、今後、暦年課税制度の縮小ないし廃止の方向性には変わりないように思われる。

そもそも、贈与には、「相続時精算課税制度」と「暦年課税」の二つの方法がある。「精算課税」は、生前に贈与した金額が2,500万円までなら贈与税がかからないが、最後の相続時に、その生前贈与分が持ち戻しされ、相続税が課されるため、いわば課税の繰り延べである。つまり贈与した分が非課税というわけではない。

一方、「暦年課税」は、年間110万円までの贈与は、非課税である。(ただし、死亡3年前までの贈与については、相続財産に繰り入れられる。)

この「暦年課税制度」は、制度としてもシンプルでわかりやすく、広く使われてきたと言えるだろう。しかし、大綱の中にある、格差の固定化を防止し、資産移転の時期の選択に中立的な税制の構築、という方向性から考えると、近い将来、「暦年課税」の縮小ないし廃止は確実と思われる。

一般的に相続対策は、長期的な視点で考える必要があるが、暦年課税による贈与についても、早めに着手すべきであろう。


2022/3/20  岩波文庫を読む 第5回「福翁自伝」 福沢諭吉著  

福沢諭吉は、1835年(天保5年)豊前中津藩(大分県中津市)の下級武士の家に生まれる。

19歳で長崎に出て蘭学を学び、翌年、大阪の緒方洪庵の適塾で蘭学を学んでいる。1858年(安政5年)藩命で江戸に蘭学塾を開くが、これが後の慶應義塾となる。

その後、英語が国際語であることを知り、英語の習得に転じている、また、福沢は、幕府使節に随行し、三度、欧米を視察している。

著作としては、「西洋事情」「学問すすめ」「文明論之概略」などがあり、いずれも当時の大ベストセラーである。

福沢が「自伝」を口述したのは、明治30年、64歳の時である。福沢は、優れた記憶力のある人物だったらしく、簡単な年表を片手に、速記者を前に、その生涯について話はじめたらしい。その口述筆記された自伝がこの「福翁自伝」である。

この自伝は、福沢の自慢話などではなく、自分の弱点と思われることまで正直に語っている。例えば、暗殺を恐れて、家の中に逃げ込んだとか、酒に目がなくて、禁酒を誓ったものの、「ところが例の酒だ、何としても忘れられない。卑怯とは知りながら、ちょっと一杯やってみるとたまらない……」結局、たばこも吸うようになり「…一言の弁解もありません。」と語っている。

福沢は勤勉な観察者であると共に、その見聞を語ることにもまめであった。それゆえ、この自伝は、福沢の生涯(主に前半)を語るとともに、福沢の生きた時代についても多くを語っている。

この福翁自伝」は、日本の自伝中の最高傑作との呼び声が高い。

2022/2/11   医療費控除について   

確定申告の際の医療費控除について確認しておきましょう。

医療費控除とは、1年間に支払った医療費の合計が一定額(一般的には10万円)を超えた場合に「所得控除」を受けることができる制度です。(所得控除には、ほかに生命保険料控除や、社会保険料控除などがあります。)

また、医療費控除は、申告する本人以外で生計を一にする配偶者やほかの家族の分もまとめて申告することができます。ここで「生計を一にする」とは、日常生活で支払う生活費や学資金などが同じ財布から出ていることを言います。従って、親元を離れた大学生や、単身赴任中の配偶者、生活費を援助している両親などがこれに該当します。

具体的に医療費控除の対象となる医療費について確認しましょう。

まず、医師、歯科医師への診療費、治療費は、当然、医療費控除の対象ですが、健康診断、疾病予防のための費用は、控除の対象ではありません。

風邪を引いた場合の市販の風邪薬などの購入代金は控除の対象ですが、ビタミン剤や健康増進のための購入代金は控除の対象ではありません。また、通院のために必要な公共交通費は控除の対象ですが、自家用車で通院したときのガソリン代は控除の対象にはなりません。

ほかに、介護老人保健施設での介護費、食費、居住費の金額、特別養護老人ホームでの介護費、食費、居住費の1/2は控除の対象ですが、グループホーム、ケアハウス、有料老人ホームなどの介護保険対象外である施設の入居費、介護費等は控除の対象ではありません。

医療費控除の可否については、様々なケースがありますので、具体的な判断については、税理士にご相談ください。

2022/2/10   ビジネス関連書を読む第5回「思考の技術 エコロジー的発想のすすめ」立花隆著 中公新書

立花隆は、昭和15年、長崎市生まれ。(令和3年、80歳で死去)「知の巨人」とも呼ばれた日本屈指のジャーナリストである。

昭和49年10月発売の「文藝春秋」に「田中角栄研究~その金脈と人脈」を発表。この掲載が、田中金脈問題として大きな反響を呼び、田中角栄首相退陣のきっかけを作ったと言われている。

その後も「日本共産党の研究」「農協」「サル学の現在」「脳死」など多くのノンフィクション作品を発表。その中でも、昭和58年に発表した「宇宙からの帰還」は、ノンフィクションの傑作と言われている。

この「思考の技術 エコロジー的発想のすすめ」は、立花隆の実質的処女作である。

著書の中で、立花は「人間は進歩という概念を盲目的に信じすぎている」として生態学的な考え方への転換を勧めている。

人間の考えだす自然に対する理論は、常に純粋なものと仮定して理論化する。しかし、現実の自然は、無限に複雑かつ多様で、そこには測定不能なもの、つまり数量化できない要素で満ち満ちている。

立花は言う「生態学が解き明かしたように、現実の自然においては、ムダなものは一つもない。」「科学の上にたてられた技術も、技術の上にたてられた文明も、壮大なフィクションである。文明の中で生きる人間は、いつの間にかフィクションの中に生きることに慣れきってしまって、現実を畏怖することを忘れてしまっている。」

そして、この著書の結論として「自然をもっと恐れよ」と、立花は警告する。

2022/1/21    給与所得者の確定申告

そろそろ確定申告の時期になりました。そこで、今回は、給与所得者がしなければならない確定申告について確認しておきましょう。

そもそも確定申告とは、1年間の所得(収入額から諸経費を差し引いた額)に対してかかる税金を計算し、税務署にその税額を申告する手続きをいいます。従って、1月1日から12月31日までの所得金額と納めるべき税額を計算し、翌年2月16日~3月15日の間に申告し、納税まで済ませなければなりません。(還付申告の場合は、翌年1月1日から申告が可能です。)

給与所得者の場合は、基本的には、会社の行う「年末調整」で、その年の所得税額の計算および過不足額の精算が行われるため、自分で確定申告をする必要はありません。ただし、以下の場合には、確定申告が必要になります。

①給与収入が2,000万円をこえる給与所得者。②給与とは別に、副業で20万円超の所得(収入ー経費)がある方。③2ケ所以上から給与を受けており年末調整を行わない側の収入と②の合計額が年間20万円を 超える方。④同族会社の役員や親族で、会社からの給与のほか不動産収入や貸付金の利子を受けている方。などです。

逆に、原則として医療費控除が10万円を超えた場合や寄付、ふるさと納税をした場合は還付が受けられるので、この場合も、忘れずに確定申告をしましょう。

また、年金受給者の場合、年金収入が400万円を超える場合、また年金以外の所得が20万円を超える場合は、確定申告が必要になります。

2022/1/17    岩波文庫を読む第4回「墨東綺譚」永井荷風著

永井荷風は、明治12年、東京市小石川区(現文京区)に生まれている。父は、プリンストン大学への留学経験もあるエリート官吏で内務省に勤務していた。

明治36年、実業を学ぶべく渡米、そこでフランス語を修める傍ら銀行勤めをするが、結局米国にはなじめず帰国。明治40年には、フランスに10ケ月程滞在している。

明治43年、森鴎外、上田敏の紹介で慶応義塾大学文学部の主任教授となっている。内容は、仏語、仏文学評論で、この講義から小泉信三、久保田万太郎などの人材が輩出している。

作品としては、明治41年「あめりか物語」明治42年「ふらんす物語」を発表。その後、大逆事件(政府による社会主義者への大弾圧事件)以後、筆は、懐古の随筆や花柳小説の創作に向かっていった。

この「墨東綺譚」は、昭和12年に発表されたもので、東京市向島区(現東京都墨田区)に存在した私娼館、玉の井を舞台に、小説家大江匡と娼婦お雪との出会いと別れを、季節の移り変わりと下町の風情を織り交ぜながら、美しく描かれている。また、木村荘八による挿絵もこの作品の評価を高め、荷風の作品中、最高傑作との呼び声が高い。

荷風は、昭和34年79歳で死去。誰にも看取られず、自宅で(今で言う)孤独死している.